祖母の葬式
先日祖母の葬式がありました。
正直のところ,初めは一つの儀式やしきたりのように思ってました。
それは10年ほど前,祖父の葬式ではあまり感情的にならなかったからだと思います。
しかし,10年の年月が経つと同じ場に出たとしても感じ方が変わるんだなと感じた。
それは祖母と特別仲が良かったからではなく,長年生きた方の過程などを考えられるようになってきたからだと思う。
葬式は私の父を含む3兄弟が代表者として進行していった。
その3兄弟とは私の父を含む医者、会社で40年以上勤め上げた方、ハンディキャップを抱えながら70年近く生きているどなたも人生の超ベテランである。
そんな方々がおばぁちゃんを送り出している。
自分にとっては目の前にいるその3人でさえ,人生の大先輩、ベテランと思うのにその方々でも到底及ばない人生経験をされているおばぁさまが目の前にいる。
はるか先を生きている人たちがそのさらに先の先の人を送ろうとしている。
そして葬式の司会の言葉の中で祖母へのお言葉の中で「98年間努力され続けた」という言葉を聞いた時に自分が二十数年の人生で持つ悩みなどは98年も生きてこられた人の悩みにしてみたらほんとにちっぽけなんだろうなと思った。
そんな大したこともない悩みに対して愚痴や文句を言ったりすることは周りを見えてないだけでとても幼稚な事なんだろうなと思わされました。
そうであったとしてもそのような人生経験を重ねられてきた人はそのような愚痴などを愚かだとは思わず,そのような経験の少なさが故にそのような気持ちになっていることを理解して共感してくれるのだろうとも思います。
改めて自分の普段の感情整理などもしていかないといけないなと思いました。
京都府南丹市の児童殺害の件
スマホに殴り書きで残したメモを掘り返して記事にするので少し前の話になります。
京都府南丹市の児童殺害事件が直近あったと思います。
遺体が見つかったとの速報が入った時,自分は会社から帰宅している夕方(18時頃?)でした。
そこまで数日,何度もニュースで児童が居なくなったことを放送しており,何が原因かもわからず突然速報として入ってきた状況。
その速報が入った時,小学生くらいの年齢の子供に何の罪があるんだろうと悲しくなりました。
不慮の事故でない限り,子供が殺されるのはいかなる状況でもあってはならないと思います。
遠くの関係ない子供の亡くなったことを知り、心にキュッと絞められるような気持ちになりました。
いてもたってもいられなくなって携帯にこの気持ちを書き込んでそれをそのままブログに投稿しております。
長野のとあるイタリアン
先日長野マラソンの前泊に際して一棟貸しの家に泊まり,夕食は駅から少し離れた小さなイタリアンに行きました。
民泊もレースも夕食もとても満足で長野の街での思い出がそれだけでかなり良いものになりましたがレストランでこれだけ人を満足できるんだという事を感じたのでそれについて書きたいと思います。
イタリアンの名前はオストカーナというレストランでした。
2008年からやっているお店でおそらく夫婦で経営しており落ち着いた店内、こぢんまりとした空間、大人しく気さくな奥さんのいるお店。
最近は物価も高騰している中でとても安くて美味しくて量もあるパスタを数種類、ピザ、リゾット、サラダなどを食べても6000円程度でとてもお手頃。
途中では料理を奥さんが持ってきてくださったときの少しの会話から和やかな空間が生まれてとても良い空間でした。
会計後にはりんごを貰い、明日マラソンに出られるのですか?という軽い会話などをしてとても気持ちよくお店を出た。
ウェイトレスとの心が通じあっていたような気がして久々にこれだけ満足した外食が出来ました。
世の中外食と言えばファミレスが多くて,そこで皆満足していると思いますが利益が最大限になるように効率化,仕組化され,創業者でもない人運営しているファミレスでは決して作れないものがあると思います。
それは創業者の思い,店主とお客さんの繋がり,ゆとりのある空間。
そのどれもが今回食事したレストランにはありました。
そしてたったの一回の食事でしたがそれだけでも長野市っていい場所だな~という印象になりました。
ただその食事にとどまらず,街の印象まで作ってしまうレストランの底力についても驚きました。
小ワーキングメモリへの対処法
人の脳の機能の一つにワーキングメモリと言われるものがあります。ワーキングメモリは情報を一時的に保持しながら処理する脳の機能で、日常生活や学習、仕事における思考や判断を支える「作業記憶」に相当するものです。
元々不注意が多かったり一度聞いたことをすぐに忘れてしまったりしてましたが私はワーキングメモリが少ないタイプの人である事がだんだん分かってきました。
そんな中でGW前は色々な仕事などで余裕が無いことによって常にメモリが埋め尽くされている状態になっており,話を聞いてない事やより一層話の内容を覚えられなかったりしていた。
このような頭の中でも記憶が難しい人はメモとして書き出したりすることで忘れという事への対処をしていかないといけないんだろうなと思いまして,今後メモしたり仕組化していったりしたいと思います。
新卒4年目,業種の狭まりを感じる
休みにも入り,就活の際に見学などさせてもらったイメージングセンサのベンチャー企業の様子を覗きにサイトを見ていた。
この3年で大手企業への吸収や名前の変更などの変化もあったようで内部事情を知っているだけに面白く見させていただいていた中で募集要項を確認すると
最低限必要な知識として~~,あれば良い知識として~~のような形で人数の少ない会社との事もあるのである程度の即戦力を求めているように感じた。
新卒就活では何もその分野の専門知識を知らない私に対して来てくれるのだったら嬉しいよという事を言ってくれていたのですが新卒4年目ともなるとある程度の自分が仕事してきて得てきた知識を活用できる先での転職というのがメインになってくるのかなと思いました。
4年目になり,第二新卒という枠もなくなり,より選択できる業種が狭まってきているなと感じる。
それとも全く別の分野だったとしても独学で追いつくくらいの気概が必要なんだろうなと思いました。
疲労の蓄積の先
今年入ってから4か月間の間で仕事をするために深夜3時ころまで起きる事や週末仕事する事があった。
これはミスを挽回するためだったり納期に間に合わせるためだったり,普段の業務+αの半分趣味のクリエイティブな仕事を実施する時間に充ててた。
やっている時はアドレナリンが出て何も気にせずにできるのですが疲労の蓄積はあるようで日中は確実に疲労感があって精神の状態も良くない状態になっている事に気づく。
おまけにミスも思いっきり増加し,注意散漫な状態になっている事がうかがえます。
無意識のうちに何か新しい事をやろうとする好奇心や物事を楽しむ心も無くなってしまってる。
その内,繰り返しのミスなどによって自信もなくなってくる。
だんだん疲労が蓄積している事に気づくのは困難ですがこの疲労状態になってしまった場合,それほど簡単に正常状態に戻す事が出来ません。
週末休んだだけでは戻す事が出来ず,少なくとも5日程完全に何もしない日を過ごしてやっと正常な状態に戻れるかという感じですかね。
長期間続ける仕事においてあまりにも負荷をかけた短期決戦のような戦い方は良くないんだろうなと思います。
仕事が忙しいという事を自分含めてみんな言ってますが,実はマストで自分がやらないといけない仕事はそれほど多くないのではないかと思います。
実は自分でなくてもやれる仕事をお人好しで受けてその結果忙殺されるという事は結構あるあるなのではないかと思います。
最近知ったAIとの英語会話
私は大抵プライベートも忙しくしている事が多いのですが今もそれは変わらず,ランニング,英語の勉強と最近始めたユーチューブ投稿で忙しい。
ランニングは元々やっている事で相変わらずマラソンに向けた練習というのは2~3時間走り続ける事がざらにあるので時間が掛かる趣味だなとつくづく思う。
今特に注力しているところとしては英語の勉強です。
12月と来年3月末に国際学会での報告があり,発表,ディスカッションとフリートークで英語を話せないといけない。
幼少期アメリカに住んでいた時期があり元々多少は英語が話せてましたがさすがに遠い昔になりつつあり,英語力はかなり影を潜めている。
そんな中で朝の通勤では業務関連の英語論文を読み,帰宅後は寮の外国人に声をかけて英語を話す練習をしたりしていた。
なかなか外国人と話す機会が取れないと思っていたところ,たまたま最近の私たちの声をスマホなどが正確に読み取れるようになっている事を知り,また通訳のようにAIを使えるという情報を聞いたことがあり,ひょっとして今はAIと英会話できるのでは?とお調べてみたところ,やはりAIとの英会話アプリがありました。
Talkpalというアプリでこちらが英語を間違っていたとしてもそれを汲み取って会話を続けて貰えるし,ディベート,会話など様々なシチュエーションで英語を話す事が出来る。
また英語が間違っていた場合それを正してくれる機能もあり,月額480円でこれまで外国人を探していた大変さがなくなったと感じております。
今後,学会まで1か月弱ですがこのアプリとの会話を可能な限り行い,自分の英語をどんどんアウトプットできるようになっていきたいと思います。